2013年2月2日土曜日

ある日曜日の午後

2月に入ってしまいました。少し古い話ですが、昨年末のこと。

年末、通常は日曜日休業なのですが、クリスマス・イヴと大晦日というワインの需要が高いイベント日が月曜に当たったので、その前日の日曜も特別にお店を開けました。

といっても、店主と私という二人だけの小さなお店だし、お互い休みもそこそこ取らないとなーというフランス人的ユルい気質なので、一日の営業時間を前半後半に割りふって交代制で出勤。私は前半担当で、朝は近くのマルシェに買い出しに行く人などが立ち寄ったりして忙しいかな〜?と心の準備をしていましたが、意外とそうでもありませんでした。特にクリスマスが終わってからは、パリの街中から途端に人が減り、いかにもクリスマス・ヴァカンスに本格的に突入したという感じで、寂しいほど客足が遠のき、大晦日前日はひっそりとしていました。(それでも大晦日当日は、パーティー用のシャンパーニュを買いにくる人たちで大忙しだったのですが…。)お店は小さな通りに面していて、住宅と小さな商店が混雑した、どちらかといえば庶民的で静かな地区にあり、日曜日は散歩する家族連れの他にはあまり人通りがありません。近所の住民たちの多くはクリスマス・ヴァカンスに出かけてしまったらしいその日曜日の午後の初め、めずらしく晴れて、青空と太陽の光が気持ち良い外の景色を時々眺めながら、店内整理をひとりで黙々と続けていました。

と、外のショーケースごしにこちらをじっとのぞきこんでいる中年男性の顔が視野に入りました。やや真剣な面持ちで、ショーケースに並んだワインではなく、店内を見ている様子なので、なんだか怪しい感じがして、不安な気持ちになって目をそらしてしまいました。私は気づかないふりをして段ボールを移動しながら、「こうしている間に立ち去ってくれたらいいなあー」と思っていたのですが、その男性がドアを開けて入ってきました。
内心緊張しつつ「ボンジュール」と挨拶すると、その男性はずかずかとこちらへ進んできました。私が「何かお伺いしましょうか?」とたずねると、「うん、ワインを探しにきた…というより、ここは昔、私の祖母がお店をやっていたところなので懐かしくてねー」と、まくしたてられました。
意外な言葉に驚きながら、それでもやはり警戒していた私は、一瞬、信じてよいものかと躊躇しましたが、その男性の少し興奮気味に話す様子に耳を傾けました。

お店は奥行きのある縦長な形をしているのですが、「この奥にまだ部屋がある?」と聞くので、「いええ、ありませんよ」と答えると、行き当たりの壁を見て納得し、「そうかあ、昔は祖母が店の奥に住んでいてね、寝室があったんだよ。子供のときはもっと大きいような気がしたんだけどなあ」と、お店の中を見回し、「この辺りから向こうが祖母のアパートだったんだよね」と中央あたりにある柱を指し、「ここにキッチンがあって、さらに壁があって、その奥が寝室だったんだ」と両手を広げてお店の中が歩き始めました。たしかに、床には奥と手前で少し段差があり、その部分には石が嵌めこんであって、いかにも改造したような跡があります。「ああ、私もこれが気になっていて、ここに壁があったんだろうなって思ってたんですよ」と言うと「そうだね、ここに壁があったんだね。とすると、ここから先が寝室だったのかあ。へえー、もっと広いように思っていたけど!」と、大きさをはかるように何度も壁や天井を見比べていました。「裏口の扉があったんだけどな。お店を閉めた後は裏から出てたから間違いない」「窓は昔のままだ」と、色々と細かいことも覚えているらしく、こちらも興味がかきたてられてきました。「お店が縮んだ…というより、あなたが大きくなったのでしょうね」と言うと、「本当、その通り」と笑って、楽しそうに思い出話をしてくれました。
おばあさんの時代は、雑貨や金物を扱うお店だったそうです。両脇に商品棚があり、通路は今より狭く、棚の後ろにストックを置いていて、子供の頃、よく店番や商品補充を手伝ったのだそうです。おばあさんは1980年代までそのお店を続けていたそうなので、彼がおばあさんの引退近い時期にここを訪れたことがあったとしても30年ほど前のことです。
昔の様子を語りながら店内を見回すその男性の目には、そこにある棚やワインの瓶が透けて、記憶のままの風景を見ているようでした。そして、店内整理の途中で開けっ放しになっていた地下カーヴへの入り口の戸に気づき、棚ごしにそこをのぞきこんで「わあー、あの揚げ戸も残ってるのか!」と驚嘆の声をあげ、足元を見ては「木の床も変わりないなあ!びっくりだな」と懐かしそうにしていました。
冬の午後のやわらかい日が差し込んだお店の中で、私もその男性となんだかノスタルジーな気分になり、ちょっと涙がこぼれそうになりました。
たまに懐かしく思ってこの界隈に来るとお店の前を通っていたけれど、いつも閉まっていて中が見られず、その日はたまたま開いていたので思い切って入ってみたそうです。日曜日にもたまには開けてみるもんですね。

その男性が帰った後、お店の外のバックヤードにゴミを捨てに行ったときに見てみたら、たしかに彼が言っていたように、お店の奥側に扉があったような形跡が見受けられました。そして、それまで気がつきませんでしたが、建物のホール通路の、お店の横の壁に当たるところに扉がついていました。後半担当の店主が来たとき、その男性に聞いた話をしたら、「ああ、たしかに横の壁に扉があったけど塗りこめちゃったんだ」「奥の扉はもうなかったけど」「それに、角のところに暖炉の跡があったんだよね」と教えてくれました。
男性の記憶のままでないことに少し残念な気もしましたが、完全に改築されたわけでなく、面影を残したまま小さな商店として生きているこのお店に、よりいっそう愛着がわいた出来事でした。

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